真言立川流
「「セックス宗教」こと「真言立川流」の妖しい儀式」
「真言立川流(しんごんたてかわりゅう)」とは、平安時代から戦国時代にかけて、四世紀以上にわたって、日本の歴史のB面に妖しく輝いた「セックス宗教」なのです。
当たり前かも知れませんが教科書や大河ドラマにはまったく出てきません。
しかし歴史において重要な役割を持つ宗教の一つであることには間違いありません。
その開祖は、仁寛(にんかん)という真言宗の僧侶です。
永久元年(1113年)、かれが罪を犯してしまい伊豆に流されてしまったとき、武蔵立川の陰陽師見蓮に秘伝を授かったのが、その始まりとされます。
立川流という名前は、この地名に由来します。
鎌倉時代の後半には、文観という僧があらわれ、立川流を大成します。
当時、関東地方では、真言密教僧の九割は立川流だった時代もあると伝えられています。
立川流の理論的根拠は、真言密教の根本経典である「理趣経」で、その舞踏には次のような一説があります。
「妙適清浄の句、是菩薩の位なり」
「妙適」とはセックスによる恍惚とした境地のことで、ここから「男女二根の交合は即身成仏の妙諦」という教義がうまれました。
つまり、密教で重要な意味をもつ即身成仏の境地をセックスによって得ようとするモノでした。
立川流の本村には、人間のどくろが用いられました。
そのどくろは「位置に智者、二には行者、三には国王」のものがよいとされ、父や母のものをつかうこともあったといいます。